カロリーゼロ、食物繊維豊富でおなじみの健康食品「寒天」。実は長野県諏訪地域は寒天の生産量日本一なのです!
寒天には自然の気候を活かしてつくられる「棒寒天」「糸寒天」と、工場で天草を乾燥・粉砕してつくられる「粉寒天」の3種類があります。
茅野市を中心とする諏訪地域でつくられているのは「棒寒天」。朝晩の厳しい冷え込みと晴天率の高さにより品質の高い寒天ができあがります。
およそ200年ほど前に諏訪地方に広がり、諏訪の名産品として親しまれている棒寒天ですが、今、さまざまな要因によりその存続が危ぶまれているそう…。
そんな中、山積する課題にアイディアで挑む寒天屋さんがいます。諏訪市四賀に本社を構える寒天製造業者、有限会社イリセンの茅野文法(ちの ふみのり)さんにお話を伺いました。
寒天生産・販売、小売を行う有限会社イリセン代表取締役。スポーツ業界で活躍していたが怪我により引退。治療中に実家であるイリセンの寒天を毎日食べることで劇的に体調が回復し、寒天の健康効果を実感する。稼業を継ぎ、2017年に代表取締役へ。
諏訪の気候が生み出す天然棒寒天
ーーそもそも寒天はどうやってつくられるんですか?
原料は主にテングサという海藻です。テングサの粘着質を煮溶かして固めたもの(生寒天・トコロテン)を冬の屋外に干し、凍結と融解、乾燥を繰り返したものが寒天です。強い冷え込みの中で凍らせて、太陽の光で溶かして…を繰り返して2週間ほど経つと、寒天ができあがります。
ーー海藻が原料なのに、海がない諏訪地域でつくられているのはなぜなのでしょうか?
寒天の発祥は京都で、諏訪地域に伝わったのはおよそ200年前だと言われています。江戸時代、京都に出稼ぎにいった人が寒天の製造方法を持ち帰ったところ、諏訪の気候により良質な寒天ができたことから広まったとされています。
ーー諏訪の気候が寒天づくりに適していたんですね。
凍結に必要な寒さはもちろん、強風が吹かず、晴天率が高く乾燥しているという条件が寒天づくりにぴったりだったんです。
農家の冬の副業として最盛期には250軒ほどが寒天を作っていたそうですが、今は10軒ほどになっています。
需要減、温暖化、原料高騰、担い手不足…寒天産業が抱える課題。
ーーなぜそこまで減ってしまったのでしょうか?
まずは棒寒天を買う人が減っているということ。棒寒天は主に「天寄せ」を作るために使われますが、ゼリー状のものを作りたければ粉寒天の方が気軽に作れますよね。
また、温暖化により生産できる時期が短くなっています。冷え込みが不十分だと形が崩れてしまい、棒寒天にはなりません。
原料も年々高騰し、担い手も不足しています。原料と雇用を確保できる資金力のあるところしか生き残れなくなってきています。
ーーそうなんですね…。
棒寒天の出来は気候に左右される上、製造には時間も手間もかかります。にもかかわらず需要は減っている。この矛盾に気がついてから、このままでは寒天の伝統が守れないのではないか、と思うようになりました。
あえて規格外を作る。ニーズに合わせた商品開発。
ーー手間がかかるのに需要は減っている…。
そう。道の駅などで売りながら調査してみたら、消費者はきれいな棒寒天ではなく、折れたり欠けたりした規格外のものを買っていくんですよ。
なぜって、寒天には味がないし、どうせ溶かして使うものなんです。棒状じゃなくても安い方が良いんですよね。だったらあえて規格外を作ろうと思ったんです。
ーーあえて規格外というのは?
単純に小さい寒天を作り始めました。小さくすればすぐ凍るしすぐ溶ける。通常の棒寒天の半分くらいの時間でできます。
また、寒天をスープなどに入れてそのまま食べたいというニーズもわかってきました。スープに入れるなら固める力がなくても良いので、原料を減らし、あえて軽い寒天を作っています。
ーー私も味噌汁に寒天入れて飲んでます! しっかりした寒天よりわしゃわしゃした軽いものの方がうれしいかも…。
スープ用の寒天「かんた」は通常の棒寒天の半分ほどの原料で作ります。水戻しの必要がなく、温かいスープに入れるとトロリと柔らかくなります。
「おかしなかんてん」という商品は、規格外にもならない寒天のかけらを使用して作り始めました。
今までそういった欠けたものは、次の寒天の原料として溶かしていたんですよ。最終的に欠けてしまっただけで時間も手間もかかっているものなのに、すごくもったいないなと思っていて。
構想から8年かけてやっと商品化できたのですが、これも人気が出て、今はこれ用にわざと崩した寒天を作っています。
ーーサクサク食感が病みつきになりますね…。スナック菓子風味なのにヘルシーなのもうれしい。
ローカロリーかつ食物繊維豊富なお菓子です。こうした商品は通常の棒寒天よりも原料、時間、手間ともにかかりませんが、需要は高い。温暖化や原料の高騰で生産量が落ちることがあっても、売り上げを落とさずに製造を続けることができます。
ーーそれならば何かあっても続けていけますね。発想がすごい。
寒天で人を呼ぶ「寒天狩り」
売り方も変えていきたいと思い、問屋さん任せだったのを直売に切り替えていっています。
生鮮食品だったら作った分をすぐに売らないといけないですよね。でも天然寒天は冬にしか作れないし、時間が経ったからといって商品価値が落ちるわけでもありません。だったら自分で売った方が利益としては多いじゃないですか。
また、3年前から「寒天狩り」というのも始めました。
ーー「寒天狩り」ですか。
フルーツ狩りのように、生産期に産地にきてもらいたいという思いがあったんです。イリセンは茅野市の北山湯川で寒天を製造しているのですが、真冬の茅野市の寒さを肌で感じながら、キラキラと凍る寒天を見て、作業をして寒天に触れ、作りたての寒天を食べる、という体験を全部含めて「寒天狩り」と呼んでいます。
棒寒天というのは、諏訪地域でしか作れない、まさにこの土地ならではのものです。お客様には作業していただくとともに、寒天の歴史と文化をお伝えしています。
寒天は日持ちするものですが、作り立てはやっぱりプリプリしていておいしい。みなさん喜んでくださって、初年度は1,000人、2年目3,000人、3年目の今年はコロナウイルスの影響で3月以降は中止にしましたが、12月〜2月で6,000人が工場に来店されました。
ーー6,000人! 私も寒天づくり体験してみたいです。
ぜひ、この冬に来てください。「寒天」には人を呼び込む力があるということを実感しました。
諏訪地域には寒天だけでなく、「凍み大根」や「凍み豆腐」、「凍り餅」といった、ものを凍らせて保存する「凍み(しみ)」の文化が残っています。今年、異業種で連携して「凍みプロジェクト」を立ち上げました。諏訪地域内外に「凍み」の文化を発信していきたいと考えています。
ーー寒い地域ならではの文化ですね。
ものを保存するために凍らせる必要はない時代ですが、先人の知恵を伝えていきたいです。変わった商品も作っていますが、伝統的な棒寒天づくりも大事にしていきたい。イリセンのやり方は伝統的じゃない、という批判もありますが、自分としては伝統を守るために新しさを取り入れていると思っています。
気候の変化などで、今まで通りの製法で棒寒天ができないということがあるかもしれません。そんなときに、別の選択肢を持っていれば生き残ることができる。寒天の伝統を伝え続けることができます。
課題は多いですが、伝統を重んじつつ、新しい挑戦を続けます。
終わりに
「新しいことを始めるのは伝統を守るため」と話す茅野さん。
県外の季節労働者を住み込みで雇うという方法も辞め、従来20人以上必要とされていた寒天製造を3人で行っているとも話してくれました。寒天産業のイメージを変え、後継者不足も解消していきたいとのことです。
アイディア次第で課題に立ち向かえるということ、付加価値とは何かということを考えさせられるインタビューでした。冬になったら寒天製造の現場におじゃましたいと思います!