御柱祭 地元民の本音インタビュー#3「御柱祭のために会社を辞めてもいい」

御柱祭、地元民の本音インタビュー。第3弾は高校卒業後地元を離れ、2015年に20年ぶりにUターンしたという男性、Tさんにお話を伺いました。Uターンした翌年の御柱祭に参加し、この伝統を守っていきたいという思いを強くしたそう。コロナ禍での御柱祭への思いについてもお話していただきました。

御柱祭が繋いでくれた地域のかかわり

ーー子どもの頃の御柱祭の記憶はありますか?

実は諏訪大社の御柱祭ってほとんど覚えていないんだけど、小宮(地区にある小さなお宮)の御柱祭の思い出がしっかりと残っています。なんだかよくわからないけど、いろんな人が集まって楽しかったなあって。

大人になって諏訪を離れてからは、完全に観光客と変わらない感覚でした。ニュースで今年は御柱か〜みたいな。弟はずっと地元にいてがっつり御柱に関わっていたので、弟経由で御柱の話を聞いて、大変だなとは思ってましたね。

ーーその後Uターンして御柱祭に関わることになったんですよね。

農業をやるために40歳でUターンしたんですが、ちょうど次の年が御柱祭で。僕の地域は人が少ないので、ちょっと手伝ってくれみたいな感じで準備から手伝うことになりました。

中心になってお祭りの準備をする世代は30歳前後くらいの若者と60歳前後の長老衆がほとんどで、ちょうど僕の年代がいなくて。こっちに住んでたときには関わりのない人たちでした。

メドデコ(御柱にV字に取りつけられた木の柱)に乗るTさん。

ーー地元とはいえ、はじめましての人ばかりという状況でお祭りの準備をするのは大変ではなかったですか?

人付き合い、村付き合い、みたいなの、僕はわりと好きなので楽しかったですね。地域の方も若い人の手がほしいという面もあるし、僕は僕で地域のことを知りたいしで、ちょうどよくうまくいったかな。御柱がなかったらこんなに早く馴染めなかったと思う。

あと、僕は農業をしているから。地域の人から田んぼを借りてお米をつくっているので、地域の人と協力しながらじゃないとできない仕事なんですよね。これが二地域居住とかリモートワークとか、近所付き合いがなくても成り立つ仕事だったら、そういうお付き合いは面倒と思ったかもしれないけど。

変わりつつある若者の意識

ーー20年ぶりに地元に帰り、参加した御柱祭はどうでしたか?

僕が帰ってきたとき、若者総代をやってくれた子がとてもいい子で。御柱って、地区ごとに柱を曳くじゃない? その地区ごとでも色があると思うんだけど、地区の中でもいろいろあるんですよね。メドデコの一番上に乗るのはどこの集落だとか、小さい地区の中でもちょっとしたライバル意識があるんです。

前回の御柱祭で中心になっていた若い世代の人たちは、そういう地区内の対抗は止めようという考えだった。この地区は人数も少ないし、どこの集落だとか関係なく、みんなで協力して一本の柱を曳こうよ、と。
そういう雰囲気の中だったので、僕もよそ者として疎まれることなく、とても良い関係でできたかなと思っています。

メドデコの上部に乗るのは花形。下社の御柱にはなく、上社特有のものです。

ーー柱を曳く地区ごとの対抗意識は外から見ていても感じますが、地区の中でもいろいろあるんですね。

僕は地区のみんなで仲良く、という考え方が好きでしたけど、もちろん違う考え方の人もいたと思います。

御柱祭って、めちゃくちゃ上下関係の厳しい部活動みたいなところがあって。さらに部活以外の時間もお付き合いがある。準備のあとには必ず一杯飲むことになってるから、準備だけだったら2時間で終わるものでも、3時間、4時間ってね。僕はそういうのも好きなんだけど。

ただ、もっと大きな役についてて、上の世代からもがっつり言われるような立場だったら、「もう勘弁」って気持ちになってたかもしれないなあ。

諏訪の根幹をなす祭りとして

ーー若い人の中には、御柱祭のために仕事を辞める人もいると聞きました。準備や当日のために休みが取れないからって。

僕も会社員をしていたとしたら、御柱祭のために休みがもらえないなら辞める、という気持ちはわかりますね。

ーーおおっ、そうなんですね!

その会社も諏訪地域にある会社なんだったら、御柱祭の大切さは理解してよって思う。だって1200年も続いてきて、7年に一度っていう予定がわかってるじゃない? 4月5月が繁忙期だろうがなんだろうが、7年に一度は御柱祭に協力した方が地域のためになるんじゃないかなって。

ーー確かに、確実に予定わかってますもんね。調整もできるだろうと。

御柱祭って、1200年続いてきたこの地域だけのお祭りで。御柱祭がなくなっても諏訪地域が滅びるわけではないだろうけど……。やっぱり諏訪大社があって、御柱祭があって成り立ってきた地域だと思うんだよなぁ。

ーー今年の御柱祭はどう関わるんですか?

前回よりもさらに年を取ってるから中心になって準備をするわけじゃないんだけど、今年は元綱(もとづな)という係についています。

あと前回と違うのは、コロナ禍だということ。普通だったら今の時期は、頻繁に集まって準備したり飲んだりしてるんだけど、それができない。当日どういう風にやるのか現時点(2022年1月)ではわからないけど、声は出さない、お酒は飲まない、2メートル離れてっていうルールでは、なかなか難しいと思う。

ーーコロナ対策万全で行ったとして、掛け声やお酒なしに柱が動くとは思えないですよね……。10トンの柱を動かすんですもんね。

重機を使う案も出てますけどね。7年に一度しかないから、一度でもやり方を変えると技術が継承されないんじゃないかって懸念もあります。何も変えなくても、7年経てば「これどうやるんだっけ」ってなるじゃない? だから毎回やっていかないと、人の力で柱を曳いて、お宮に建てるっていう技術が継承されないんじゃないかって。

お酒ない・掛け声ない・木遣りない、飲食はお控えくださいって、お祭りの楽しさがまるでないし、作業になっちゃうよね。かといって延期って話でもない気がするし。やっぱりこの地域でずっと続いてほしいから、良い方法でできるといいな。

※2022年2月22日、諏訪大社上社御柱祭安全対策実行委員会は、山から柱を運び出す「山出し」は、上社と下社ともに氏子による曳行を断念することが発表されました。柱をトレーラーで運搬し、目玉である「木落し」は中止。上社の「川越し」は、川の水をかけるなどの方法が検討されているとのことです。
御柱祭で人力による曳行が行われないのは、1200年の歴史の中でも初めてとされています。

通常は氏子みんなで諏訪大社にお参りするが、今はそれもできない(限られた数人のみ)という。

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3回シリーズでお届けしてきた「御柱祭 地元民の本音インタビュー」、いかがだったでしょうか?
三者三様の想いが語られましたが、共通して聞けたのは「御柱祭が諏訪地域をつくっていると思う」ということ。自分は関わりたくない、直接的には関われないとしても、御柱祭が諏訪地域でずっと続いてほしいということでした。

1200年の歴史の中で、諏訪の人々のDNAに組み込まれてきた御柱祭。今年はコロナ禍となってしまいましたが、戦時中も欠かさず執り行われきた歴史があります。この先もきっと、諏訪の地で受け継がれていくことでしょう。

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